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東京地方裁判所 平成5年(ワ)1562号 判決

原告 文京信用金庫

代表者代表理事 坂本貢

訴訟代理人弁護士 設楽敏男

阪本清

棚橋栄蔵

被告 大久保憲作

大久保邦教

大久保教幸

主文

被告大久保憲作は、原告に対し、一一〇万円とこれに対する平成四年一一月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

被告大久保邦教と同大久保教幸は、連帯して、原告に対し、五五万円とこれに対する平成四年一一月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

原告の被告大久保邦教と同大久保教幸に対するそのほかの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用中、原告と被告大久保憲作の間に生じた分は被告大久保憲作の負担とし、原告と、被告大久保邦教と同大久保教幸との間に生じた分は二分し、その一を原告の負担とし、そのほかを被告大久保邦教と同大久保教幸の負担とする。

この判決は、一、二項限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、連帯して、原告に対し、一一〇万円とこれに対する平成四年一一月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  被告大久保憲作(以下「被告憲作」という。)は、平成四年四月一日、原告に入庫し、原告の春日町支店出納係補助として配属され、同年七月一日から、同支店の出納係としてATM機(現金自動支払機)の現金の移動業務に従事していた。

2  被告大久保邦教と被告大久保教幸は、被告憲作が原告に入庫する際、原告に対し、被告憲作の身元保証をし、被告憲作が原告に対して損害を与えたとき、被告憲作と連帯して賠償することを約束した。

3  ところで、平成四年一二月七日、原告の春日町支店の現金が一一〇万円不足していることが判明した(≪証拠省略≫、証人稲垣敢次の証言)。

4  そして、被告憲作は、平成四年一二月九日、原告に対し、被告憲作が遊興費欲しさに、一三回にわたりATM機への入出金の際に現金合計一一〇万円を抜き取り、これをパチンコ、競馬、飲食等に費消したことを認める内容の始末書(≪証拠省略≫)を作成、提出した。

5  原告は、平成四年一二月一八日付けで、被告憲作を懲戒解雇にした(≪証拠省略≫)。

二  そこで、原告は、被告憲作がATM機等から原告の現金合計一一〇万円を抜き取り、これを不法に領得したと主張して、被告憲作とその身元保証人被告大久保邦教と被告大久保教幸に対して損害賠償(附帯請求は、不法行為日以降の遅延損害金の支払の請求)を求めた。

これに対し、被告らは、被告憲作の現金抜き取りの事実を否認し、被告憲作が本件始末書を作成したのは、原告の支店長らから強迫されたため、やむを得ず、虚偽の事実を述べたためであると主張した。

三  争点

被告憲作がATM機等から原告の現金合計一一〇万円を抜き取ったかであるが、本件始末書が被告憲作の真意に基づいて作成されたかが決め手になる。

第三争点に対する判断

一  被告憲作の責任(本件始末書作成の経緯)について

1  ≪証拠省略≫、証人稲垣敢次の証言によると、次の事実が認められる。

(一) 平成四年一二月七日、原告の春日町支店の出入金伝票と現金の照合をしたところ、現金五三〇万円が不足の状態が生じていた。そこで、調査をしたところ、ATM機内の現金が四二〇万円過剰であることが判明し、結局、一一〇万円の行方がわからなかった。

(二) ところで、当時、ATM機の現金の入出金の操作をしていたのは、専ら被告憲作であったが、同機への入出金の際、担当者が伝票(入金伝票、出金伝票)を作成することになっていた。ところが、被告憲作は、当日、無断欠勤をしていたため、原告の北川次長が被告憲作宅に電話をかけたが連絡がとれず、深夜(同月八日午前〇時三〇分ごろ)にようやく被告憲作と連絡がとれた。そして、被告憲作は、同月四日、元方勘定からATM機に現金を移したが、その際、作成すべき出金伝票の作成をしなかったこと、その額は五三〇万円であるが、四三〇万円であるかもれないと述べた。

(三) 翌八日、出勤した被告憲作に対し、須賀預金係長が事情聴取したところ、被告憲作が同月四日にATM機に移した現金が五三〇万円であることの確認ができたが、一一〇万円の行方は不明のままであった。

(四) 翌九日、支店長稲垣敢次と野口検査室長が被告憲作から事情聴取をした(その際、同支店長らは諸勘定補助簿、入出金伝票を示した。)ところ、被告憲作は、一一〇万円を着服したこと、その明細は別紙明細表≪省略≫のとおりであることを認め、本件始末書を作成した。そして、被告憲作は、同支店長らに対し、本件について両親に言わないでほしい、今後働いて損害賠償すると述べた。

(五) しかし、同月一一日、被告らが原告の同支店に来て、被告憲作の前言を翻し、現金の抜き取りを否定するようになった。

2  これに対し、≪証拠省略≫や被告憲作の供述には、次の部分がある。

(一) 被告憲作は、平成四年一二月七日、寝坊したため、無断欠勤をし、夜遅く帰宅した。そして、須賀係長からの電話に対し、同月四日にATM機への出金伝票の作成をしなかったことに責任を感じて気が動転したため、同月四日の入金額を五三〇万円とか、四三〇万円とかあいまいな答えをした。

(二) 翌八日、被告憲作が出勤したが、次長と係長が被告憲作の事情聴取をした。その際、被告憲作を疑っているような質問があった。

(三) 翌九日、支店長と野口検査室長が被告憲作の事情聴取をした。事情聴取の当初、被告憲作は、現金の抜き取りを否定していた。しかし、支店長らは、これを信用せず、長時間にわたり、被告憲作に対し、詰問口調で言うので、被告憲作は、出金伝票を作成しなかったことに対する責任と「自分を信用してくれないのなら、会社を辞めたほうがましだ」との思いから、着服を認めた。すると、支店長らは、諸勘定補助簿(≪証拠省略≫)と被告憲作の出勤簿(≪証拠省略≫)をもとに、勝手に現金の抜き取りの時期と金額を決め、被告憲作にその追認をさせた。

(四) 以上のとおり、本件始末書は、被告憲作が支店長らによる長時間にわたる事情聴取のために、現金の横領をしていないのに、やむを得ず、これを認めたものである。

3  しかし、2については、現金の抜き取りの動機、方法は、被告憲作でないとわからないことである。しかも、被告憲作の本人尋問の結果によると、被告憲作が初めに現金抜き取りの時期、方法を述べたことから、支店長らがその次の現金抜き取りの時期等を推測して質問したものであることが認められる。また、支店長らの事情聴取の方法も、通常の会話よりも強い口調の質問があったことは推認されるが、これが強迫にわたる証拠はない。しかも、被告憲作が長時間の事情聴取にどうでもよいような気になり、虚偽の事実を認めたというが、結果の重大性を考慮すると、直ちに信用することはできない。したがって、2の各証拠は、採用することはできない。

4  以上によると、本件始末書は、原告の支店長らが被告憲作に対して無理やり作成させたものとは認められない。そうすると、被告憲作は、別紙明細表のとおり合計一一〇万円の現金を抜き取ったものと認められる。

二  身元保証の責任について

1  ≪証拠省略≫、証人稲垣敢次の証言、被告憲作の本人尋問の結果によると、次の事実が認められる。

(一) 原告では、ATM機の現金の入出金を被告憲作一人に管理させていた。しかも、帳簿上の金銭の出し入れのチェックは、毎日行われていたが、ATM機内の現金のチェックは、毎日行ってはいなかった。

(二) そのため、ATM機の現金の管理をしている被告憲作は、容易に現金を抜き取ることができた。

(三) しかも、原告(一)の管理体制のため、被告憲作の行為の発覚が遅れた。

2  1の事実によると、本件現金抜き取りの原因は、第一に被告憲作にあるといえるが、原告の現金等の管理体制にも落ち度があったと認められる。そうすると、被告憲作の身元保証人である被告大久保邦教と同大久保教幸の責任は、原告の損害の二分の一にとどめるのが相当である。

三  むすび

原告の被告憲作に対する請求は、すべて理由があるが、原告の被告大久保邦教と同大久保教幸に対する請求は、連帯して五五万円とこれに対する不法行為日以降の遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 春日通良)

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